生きていれば、今月72歳の誕生日を迎えていたジョン・レノン。近代ポップ・ミュージックの偶像であると同時に優れた作詞家でもあった彼が射殺されて32年になるが、今でもセントラルパークにあるストロベリー・フィールズを訪れ、ジョンを偲ぶファンは絶えない。



画期的だった彼の音楽を今も愛し続けるファンの多くが、ジョンがもし生きていたら、他に何を成し遂げていたのだろう...と考えてしまうのは当然だろう。今月出版された初の書簡集、『The John Lennon Letters』はその質問に答えてくれるわけではないが、彼が考えていたことや哲学を垣間見せてくれる。

中でも特に興味をそそる、1965〜1966年と記されている葉書が1枚ある(下)。日本の年賀はがきに、未録音の歌の歌詞をジョンが書いていたものだ。線で消されたり、書き直されたりした部分があることから、制作途中だったことがわかる。

When a girl begins to be a problem(彼女が問題になり始めると)
Pretty soon the girl must go (近いうちに 離れなきゃならない)
When they're gone you find at last  (彼女がいなくなって やっと)
you love them (好きだって わかるんだ)

Pretty soon you want to know (近いうちに 知りたくなる気持ち)
Little girl I've come to say (リトル・ガール 言いに来たんだ)
And this time I just have to say (今度こそ 伝えなきゃいけない)
I love you (愛しているよ)


If she turns you down and rejected (もし彼女が ノーと言ってふられたら)
Try again the best you can (ベストを尽くして もう1度言うんだ)
Call to see her when you're least (思いがけない時に 電話して会いに行き)
expected
Try again she'll understand (また伝えれば 分かってくれるよ)



ビートルズが来日したのは1966年で、ロンドンでジョンがヨーコ・オノに会ったのも1966年だから、それ以前の日付がついているこの葉書はどういう由来なのか...今となっては分からない。(「平和」と書いてあるので、平和活動家の仲間からもらったのかも知れない。)

1965〜66年というと、「ヘルプ」や「デイ・トリッパー」、また「イエロー・サブマリン」などがリリースされた頃。年賀はがきに記してある年が歌詞を執筆した年とは限らないが、その前後のラブソングを思わせるような内容でもある。もしこれに続きがあって、曲がついていたら、どんな歌になっていたのだろうか。

■関連ビデオ
<セントラルパークで、ジョン・レノンの72歳の誕生日に追悼するファン>


■関連リンク
ジョン・レノンが描いた絵心溢れるイラストを見てみよう
『John Lennon Letters』で明らかになったジョン・レノンの辛辣っぷり
オノ・ヨーコ、ジョン・レノン72歳の誕生日に絵画展示会を開催!
ビートルズ、レアな姿を収めた写真集が発売!
ジョン・レノン射殺犯、7度目の仮釈放申請へ

洋書:The John Lennon Letters, published by Little, Brown and Company

■関連フォトギャラリー




記事元:HuffPost Books