「テレビ界のおっかさん」
萩本欽一がそう呼ぶのは、フジテレビの女性プロデューサー・常田久仁子である。常田と萩本との出会いは、常田が手がけた『お昼のゴールデンショー』だった。常田は文化放送からフジテレビの社会教養部に移り、「左遷」されてバラエティ担当になった。当時、フジテレビは「報道」、「歌番組」、「ドラマ」の順で地位が高く、「演芸」はずっと下の立場だったのだ。また今では考えられないが、フジテレビ女性社員の"定年"が「25歳」と言われていた時代。セクハラ、パワハラが当たり前にまかり通ってしまっていた頃に、「女親分」然として、男ばかりのスタッフを仕切っていたという。


常田はコント55号のテレビ進出から1年あまりの"新人"をレギュラーに抜擢した。この『お昼のゴールデンショー』は月曜から金曜の正午からの公開生放送。その後の『笑ってる場合ですよ!』や『笑っていいとも!』に継承されていくことになる。また、『お昼のゴールデンショー』でコント55号は評判を生み、これを発展させる形で、「土8」枠に『コント55号の世界は笑う!』が制作されることになったのだ。

コント55号はもともとアナーキーな芸風だった。常識人の坂上二郎に対し、萩本が難癖をつけて暴力的に追い詰めていく。萩本欽一の暴力性や狂気が売りだった。それを親しみやすいキャラクターに変えたのが常田久仁子だったのだ。
「あんたたち、もっときれいな服着なさい!」
常田は2人を叱りつけて言った。
「あんたたちがいた浅草の舞台では客席に男の人たちしかいなかったかもしれないけど、テレビは女の人が見てんの。女はね、いくらコントがおもしろくても、汚いかっこしてると見てくれないわよ」

それまでの萩本にはまったくない発想だった。常田の指導は普段の生活にも及んだ。
「おはようございますって、毎回そればっかり言ってないで、もっと気を遣いなさい。今日の服、素敵ですねとか、髪型が変わりましたねとか、なんかいい言葉を添えないと女の人には好かれないわよ」
女性との接し方に慣れていない萩本にとって、日々顔を合わせる常田との会話が、そのままバラエティ番組に出る際の振る舞いの訓練となったのだ。

一方で、こと「お笑い」のネタ自体については萩本を尊重した。
「わたしは笑いの専門家じゃないからなにがおもしろいかわかんない。だから欽ちゃんのやりたいようにやりなさい」と。
ネタに関しては萩本に任せ男受けするものを演じさせながら、ネタ以外の部分では女性受けするキャラクターに"改造"していった常田。その最大の功績のひとつと言って過言ではない"改造"がある。それが、萩本欽一のしゃべり方だ。萩本の口調は「~なのよお」などと女性的で柔らかい。その口調を作ったのが常田なのだ。
「ていねいな言葉をつかわないと、女の人に嫌われるわよ」
荒々しい言葉遣いをしていた萩本の口調が常田のアドバイスで劇的に変化していったのだ。

(参考文献)『なんでそーなるの!』萩本欽一:著/『ふたりの笑タイム』小林信彦・萩本欽一:著/『浅草芸人』中山涙;著/『ひょうきんディレクター、三宅デタガリ恵介です』三宅恵介:著

■リンク
萩本欽一 プロフィール
www.asaikikaku.co.jp

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