2月8日に放送されたテレビ朝日系列のバラエティ番組『しくじり先生 俺みたいになるな!!』にタレントの吉村明宏が出演した。吉村と言えば「はひふへほ~」でお馴染みの、"元祖"和田アキ子のモノマネをしていた人物である。ちなみに、和田の歌モノマネで有名な「あの頃は~(ハッ!)」の"ハッ!"の部分は実際には無く、吉村が客に言わせるために作ったものなのだとか。



吉村はTBSの長寿番組『アッコにおまかせ!』に出演しており、当時はレギュラー番組が11本あったのだとか。しかし降板時には、0本になってしまったと語る。それは何故だったのか?吉村曰く、まるで自分の実力で成り上がったと過信してしまい、「アッコさんの隣にいただけなのに、自分までエライと勘違いした。自分の実力と勘違いして、威張ってしまった」と振り返る。

和田アキ子のモノマネをする切っ掛けは1972~1979年に放送されていた『ぎんざNOW!』という素人参加型バラエティ番組で、この番組で和田のモノマネをし見事合格したもののその後、10年間は鳴かず飛ばずで売れなかったようだ。

しかしその後和田アキ子が所属するホリプロから声をかけられ、それが切っ掛けで『アッコにおまかせ!』の中継リポーターに抜擢された吉村。「手段を選ばず売れたい」と思った吉村は、「芸能界のドン・和田アキ子をイジって笑う」という大胆な挑戦をする。それは、「呼び捨てにする」「バケモノ扱い」「和田アキ子のモノマネをかなり誇張する」というものだ。その挑戦は見事に成功し現場でも一目置かれる存在になった吉村。するといろんな番組からオファーが舞い込み、遂に年収1億円まで登り詰める。当時は和田アキ子のおかげで売れていたことを、「自分の実力」と勘違いしていた。

そんな矢先に、吉村の冠番組がスタート。吉村は「スタッフに上から目線でキレまくる」など調子に乗り始め、その際にスタッフに対して行った3大タブーを説明した。それは【『この台本なにが面白いの?』とダメだし】【番組内容を説明されて『お前がやれ!』とキレて帰る】【『もう撮れ高、十分だろ』と勝手にロケを切り上げる】というもの。

この傍若ぶりに、和田アキ子から呼び出され「お前、スタッフから嫌われてるで!」と忠告を受けたが吉村は勘違いし、「アッコさん嫉妬ですか?」と思ったと語る。その後和田の指摘通りにスタッフとの関係が悪化し、冠帯番組も1年で終了。その時もまだ吉村は「スタッフが全部悪い」と思っていたようだ。


しかしその後、遂に13年間やってきた番組を降ろされ一気に仕事が激減した吉村。その後に入ってきた仕事といっても、開始15秒で死んでしまうというドラマの死体役などで、娘2人は「父が吉村明宏だ」と言うことを隠していたのだとか。また、『アッコにおまかせ!』降板の日に、和田アキ子からかけらけた言葉は、「本当のスタートはここからやで」という重い言葉。最後は自らの行いを反省し、吉村は「アレが私のお父さんだよと言われるような父親になりたい」と涙をにじませた。

ネットでは「自分も胸が痛くなった」「勘違いがこんな転落人生になるとは・・・」「絶頂期に天狗になるしっぺ返しは必ずあると思って生きていく」「むしろアッコさんのモノマネだけで1億稼ぐことにびっくり!」などの声があがっている。



■参照リンク
『しくじり先生 俺みたいになるな!!』公式サイト
http://www.tv-asahi.co.jp/shikujiri/


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