「親密」すぎる? 『アクトン・ベイビー』の舞台裏を明かすU2のドキュメンタリー映画

伝説的な音楽評論家レスター・バングスは、「音楽について公正に厳しく評論することが難しくなる」ため、評論家とミュージシャンが親密になりすぎることに批判的だった。先日トロント国際映画祭で公開された、U2のドキュメンタリー映画『フロム・ザ・スカイ・ダウン』の記者会見でのボノやエッジ、そしてデイヴィス・グッゲンハイム監督は、サービス精神と和気あいあいとした雰囲気を醸し出していたが、映画の宣伝のためということを差し引いてもこの作品、レスター・バングスにとってはやはり物足りないのだろうか。

今年でリリースから丁度20年となるアルバム『アクトン・ベイビー』のメイキングを追った『フロム・ザ・スカイ・ダウン』。だが作品自体は、確かに綺麗に整っていて親切過ぎる嫌いもあり、普通のファンを楽しませるにはちょうど良いように一見思える。しかし注意深く見ていると、監督とバンドのこの"親密過ぎる"関係が功を奏し、いくつもの興味深いエピソードやメンバーの表情が浮き彫りになったのも事実のようだ。

監督が撮影中に徐々に築き上げていったリラックスした雰囲気が無ければ、この作品の素晴らしいシーンのほとんどは、カメラに納まることが無かったかもしれない。でなければ、「ミステリアス・ウェイズ」や名曲「ワン」の古いDATテープの前にボノとエッジをおとなしく座らせて、レコーディング中のエピソードやその時の気持ちなどをこうも無防備に語らせることなど不可能だっただろう。U2の作曲プロセスの裏側が今までほとんど明るみに出ていなかったことも考えると、かなり貴重な記録をとらえることに成功したといえるだろう。これはグッゲンハイムの功績だ。

一方、ドキュメンタリーでさらに注目すべきなのは、ボノの驚くほど正直なインタビューだろう。映画の中ではエッジの私生活についても多く触れられているが(いつものごとく、アダムとラリーについてはほとんど無視されている)一番カメラの前でその姿をさらさねばならなかったのは、やはりボノだ。

もちろん、U2が大物になるにつれ、身にまとってきたロックスター的な仰々しさや、その控えめな自画自賛など、我々のよく知るボノはここでもいくらかは健在だ。写真家で長年U2のコラボレーターでもあるアントン・コービンのドキュメンタリー『シャドウ・プレイ』を見たことのある人ならば、ここでのボノの態度も見慣れたものだろう。U2やそこにまつわる全てを議論するのに臆すること無いボノだが、不器用な面もある。

しかし、ボノのエゴの下には、長い間ファンですら知らなかった実に複雑なその内面が隠されていたのだ。もしグッゲンハイム監督が築き上げた信頼関係が無ければ、これらもカメラに収められることはなかっただろう。例えば、自身の繊細さや脆さを守るために意識的に作り上げたキャラクター「ザ・フライ」の、ダーク・サングラスとロックスター・ペルソナの裏側に少しでも強引に迫ろうとしたなら、恐らくボノは口を閉ざしたに違いない。

記者会見で監督のこの手法について話題が移ると、「空き巣に入られたような気分になったよ。でも監督のやり方があまりにうまいので"盗られてる"ことにこっちは気付かなかったんだ。知らない間にさくっと抜き取られている」と話していたボノ。ラフカットを初めて見た彼は、そのあまりの生々しさに驚き、さすがに監督に編集のし直しを懇願したそうなのだが、グッゲンハイムは頑として譲らなかったのだとか。

というわけで結論。最高の音楽ドキュメンタリーに必要なのは、強力な素材を引き出すための親密さと、厳しくつき離すため被写体とのある程度の距離も必要だ、ということである。

U2 『フロム・ザ・スカイ・ダウン』予告編
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