観終わっても席を立てない、今年一番の衝撃作:「灼熱の魂」

今年の第83回アカデミー賞外国語映画部門にカナダ代表でノミネートされ、受賞は逃したものの、この作品が受賞するべきだったと批評家達から言われていた本作。最初に書いてしまうが、私が今年観た映画の中で一番の衝撃作。試写を拝見したのは随分前だけれど、今でもそのショックが忘れられない。静かで、ディープで、パワフルで、観終わった後に、この感情をどう処理していいか困った。特にクライマックスでは椅子から転げ落ちそうに。誰でも楽しめる、理解できる映画ではないので、多くの人には薦められない。でも、映画の多様性を評価する人達には、ぜひとも観て欲しい作品だ。
若い双子のカナダ人姉弟ジャンヌ(メリッサ・デゾルモー=プーラン)とシモン(マキシム・ゴーデット)の母親ナワル・マルワン(ルブナ・アザワル)は、ある時、急に放心状態になり病院に運ばれ、そのまま息絶えてしまう。ナワルを秘書として雇っていた公証人のルベル(レミー・ジラール)が彼女の遺言書を双子に読み上げ、2通の手紙を渡す。1通は双子の父親に、もう1通は双子の兄に宛てられたもので、彼らを探し出し手紙を渡して欲しいというのだ。兄の存在など知らず、また父親も死んだと思い込んでいた姉弟は困惑する。シモンは生前、心を開いてくれなった母親の遺言を「イカれてる」と吐き捨てるが、ジャンヌはその真意を探るため、母の故郷である中東の某国南部の村を訪ねることに。しかし後に母親の数奇な運命と家族の宿命を知ることになる。

戦争は人間をこんなにも醜く変え、また人間として、それに女性として、それを許すことも経験しなければならないのか?人間の愛の深さへの感動と、計り知れない悲しみ、表現しようのない怒り、希望ではないがすっきりした気持ち、同時に後味の悪さと、様々な感情が混在したまま試写室を後にした。すすり泣く声も聞こえたが、珍しく泣く気にもなれなかった。悲劇ではあるが、泣くに泣けないのだ。

原作はレバノン出身の劇作家が書いた戯曲。ギリシャ悲劇のメロドラマのようなモチーフもあるが、ハリウッド映画とは違い、過剰な演出を意図的に避けた手法。だから余計に心にこたえる。ストーリーの構成的に賢いなあと感心したのは公証人の役柄を上手く使っていたこと。それと母親の生い立ちと、母の故郷を旅するジャンヌの様子などをパラレルで進行させたこと。凝っていて興味深い。

架空の街を舞台にしているとはいえ、難民やキリスト教とイスラム教の戦いの歴史など、中東の情勢に詳しくないと入り込めないことも。同じアラブ人なのに、違った宗教を信じる人たちが存在し、それが争いあう。そういう知識があったほうが映画を理解できただろう。現実には、映画で描かれたような事はないと思いたいが、部分的には見聞きしていることだし、こんな映画を観ると長引く中東の戦争の惨さを改めて感じる。

女性として生まれたのが、戦争のない現代の日本で本当に良かったと感謝せずにはいられなかった。衝撃的な内容だが、強く心に残ったのは、母親というのは、情け深く、困難を厭わず、偉大な存在だということ。軽くて甘々な映画が多い昨今の映画業界に喝を入れるような、鉛のようにずっしり重い映画。でも観てよかった。(★★★★1/2)  

-アメリカの著名な映画情報・批評まとめサイト「ロッテン・トマト」では92点

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