ガス・ヴァン・サント監督の「永遠の僕たち」:切ない純愛の、悲しくも優しい結末。

ガス・ヴァン・サント監督。アメリカのインディペンデント映画界で、思春期のジェネレーションを描かせたらこの人より秀でた人はそうそういないだろう。彼の最新作である本作は、主演に昨年他界したデニス・ホッパーの息子、ヘンリー・ホッパーと、「アリス・イン・ワンダーランド」での活躍が印象的だったミア・ワシコウスカ。それに日本から加瀬亮も参加した。第64回カンヌ映画祭「ある視点」部門のオープング作品として上映され、そのみずみずしい感性が改めて評価された。
イーノック・ブリー(ヘンリー・ホッパー)には他人の葬式に遺族のふりをして参加するという変わった趣味があった。ある日、そんな「葬式ゲーム」をしていると、係りの男から呼び止められ困窮してしまう。すると、以前にも葬式で会ったアナベル(ミア・ワシコウスカ)が機転を利かせて、彼を救ってくれた。イーノックは自動車事故で両親を亡くして以来、生きることの全てからドロップアウトし、同居している叔母とも打ち解けられない。自らも臨死体験をし、自分にだけに見える幽霊のヒロシ(加瀬亮)が唯一の友達。ある日、ヒロシと墓地で散歩していると、またもアナベルに出くわす。彼女は自然界を深く愛する優しい気持ちを持った魅力的な女の子で、イーノックはだんだんと彼女に心を開く。が、彼女はガンに冒されていて、余命は3ヶ月。ヒロシが見守る中、2人は、残された僅かな時間を精一杯大事に過ごしていく。

静かで、私的で、エモーショナルで、キュートで、個性的な作品。「グッドウィル・ハンティング」や「MILK」のようなガス・ヴァン・サント映画が大好きだったので、その期待は外された感じがしたが、本来の監督らしい作品なのかも。世間からはみ出た思春期の男女の、繊細で複雑な恋愛を温かい眼差しで見守り、彼らを通して、「死ぬこと」や「生きること」、「愛する意味」を丁寧に描いている。2人にしか理解できない気まぐれな空想やピュアな世界があり、クラシックなフランス映画を思い出す。

静かに進むストーリーや、"行間を読む"ような寡黙な展開は、なんだか日本的でもある。アメリカの批評まとめサイト「ロッテン・トマト」では、批評家の点数は36点、一般評は55点と手厳しいが、大御所ロジャー・エバートや、「ローリング・ストーン誌」の毒舌で有名なピーター・トラヴァースは比較的高評価。アメリカではそういう評価かもしれないが、日本では若い層を中心に受け入れられると思う。加瀬亮の出演も話題のひとつだろう。7歳までアメリカに住んでいただけあって英語のセリフがとても流暢。"日本人に聞こえるようにフラットに発音した"と余裕の演出もしていたそうで、映画でも独特な存在感を放っていた。

ヘンリー・ホッパーは、心を閉ざした内気で風変わりな少年を上手く演じていて、感情が爆発した時の激しさは、父親デニスを思い出させる。息子の活躍を見たら、きっと誇らしく思うだろうと思うと、涙腺が緩んだ。

純粋な気持ちだった青春時代からかなり遠ざかってしまったので(笑)、感情移入はできなかったけれど、それでもやっぱり泣いてしまった最後のシーン。短い間だけど、命を懸けて愛し合った2人が、それぞれに静かにその時を迎え、彼ららしい終わりを飾る。悲しい映画なのだが、拝見した一日は、なぜか超ポジティブな気持ちで過ごせた。(★★★☆☆)

2011年12月23日 よりTOHOシネマズ シャンテ、シネマライズほか全国にて順次公開
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