マカオは日本から一番近いヨーロッパだった!

直行便でも11時間かかったりするヨーロッパですが、日本から一番近いヨーロッパ文化圏の国はマカオでした。1999年まで、ポルトガルの領土だったのですね。

現在は、中国の領土となっていますが、ポルトガルの文化や建物はまだ残っていて、ヨーロッパの文化を味わえる一番日本から近い場所はマカオだったりします。ロシアもヨーロッパ文化であると主張する場合は、樺太が近かったりもしますが......。

中華人民共和国の領土になったものの、返還後50年は法律など社会システムは保全されることになっているので、いまだに公用語は公用語はボルトガル語と広東語。街中の標識などはポルトガル語と広東語で書かれています。そして、中国でありながら、宗教や表現の自由があるので、中国では制限されるインターネットのサイトもマカオからは見られたりします。


そんな中国とポルトガルの文化のせめぎあいの中にあるマカオですが、今回はマカオのヨーロッパ文化の色濃いところを紹介してみます。


ポルトガルと言えば、アズレージョというタイル張りが有名だったりします。

ポルトガルのリスボンでは駅だったり、宮殿だったりと、タイルで装飾されていたりします。


マカオの役所である「民政総署」には、さまざまなタイル装飾がされています。欧風の大広間もあります。



ポルトガルの植民地のブラジルの教会もそうですが、黄色の外壁の教会だったり、内部も派手な色使いだったりします。

あと、蝋人形的な人形を教会で飾るのもブラジルなどの南米やヨーロッパで見かけます。アメリカではあまり見かけない気がします。ちなみに、この教会は、日本の歴史の教科書でも有名なフランシスコ・ザビエルに由来して、「聖フランシスコ・ザビエル教会」といいます。



赤ちゃんがこっちを見てるのが、ちょっと怖いです......。

聖ヨセフ修道院聖堂では......。


なんと、フランシスコ・ザビエルの右腕の肩から肘までの骨が安置されています。

インドのゴアに運ばれた遺体の右腕を切り取って、日本に運ばれることになったのですが、当時の日本はキリスト教が迫害されていたので、マカオに送り返されて......という経緯なのですが、遺体の腕を切り取って運ぶとか、日本の感覚だとちょっと理解しがたいところがあります。

当時のヨーロッパだと、チェコに人骨で飾り付けた教会があったりと、人骨に対してのイメージがだいぶ違っていたようです。









マカオの街路もヨーロッパ風味のタイル張りと外灯があります。







そして、もちろんポルトガル料理のレストランもあるので、ポルトガルのビールやワインやポルトガル料理とマカオ料理が楽しめたりします。

"Café Litoral"に行ってみました。





Cafe Litoral 海湾咖啡屋
Rua do Regedor,Bloco4 Wai Chin Kok Nos 53-57,Taipa
http://www.cafelitoral.com/

というわけで、ポルトガルの雰囲気を味わいたい方は、ヨーロッパに行かなくてもなんとかなりますよ......と。

んで、ポルトガルらしく、壁の落書きもあったりします......。





協力:マカオ観光局 http://www.macautourism.gov.mo


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