「いったい上の人はどんな会議しているんだろう」と思わずにはいられなかった実体験のお話

どうも、『どんなときも。』です!働き者の皆様、しんどいですかー!!?
突然ですが皆様、有意義な会議は行っていますか??
仕事のほとんどに会議はつきものです。今回のお話はボクが昔働いていたバイト先の
"いったい上の人はどんな会議しているんだろう・・"と思わずにはいられなかった実体験のお話です。

何年か前ボクはとある飲食店でバイトをしていました。その店の他の専門店との差別化つまりその飲食店の売りは取り扱っている商品の他と比べての安さとコストパフォーマンスのすばらしさでした。商品が分かってしまうとお店が特定してしまうかもしれないので商品は伏せますけれども、ある食べ物の専門店で、あの食べ物をあの値段で食べられるのはここしかないよなーって程安かったのです。
そして、味も他のその商品の有名チェーン店と比べても全く引けを取らない程とてもおいしく、特にその商品で一番大事なサクッサクの物を出す為の工程はとてもこだわっていて素晴らしかったです。
しかし残念なことに何故か売れ行きはそれほど良い物ではありませんでした。
そのお店は近い将来全国的に大きくチェーン展開をすることを目標としていましたが、その当時(今はどうなっているか知らない)それほど店舗数が多くなく規模が小さかったので大事な会議のある日などが店長を通して良く分かる感じでした。
そして会議があるたびにお店は営業時間の変更や安売りキャンペーン、お替り自由キャンペーンなど色々試しお客さんを呼ぶ努力をして少しずつ進化をしていました、ボクも応援していましたがやはり売り上げは中々向上しませんでした。
でもあれだけの商品をあの値段であのクオリティーで出しているお店はございません、ポテンシャルは十分あるのです、ボク的には世間の気が付く待ちだ。なんて思ったりしていました。
しかしバイトを始めて一年ほど経ったある日、店長からお店が大々的に方向性を変えるという知らせを受けました・・
「えー、先日会議で決まったのですがこのお店は今後"漢"を売りにしていこうと思います!」
はぁ?・・・"おとこ"?・・まったく意味が分かりません・・
「"漢"ってどういう事でしょうか?」
「えっと、ターゲットを若い男性に絞っていこうと決まりまして、メインの商品をこれにします!」
見せられた紙には盛り付けられた新商品の写真とニンニク醤油ダレなるもののレシピが書いてあります・・
サクサクが売りの商品の上にどっさりと玉ねぎが乗っている盛り付け図・・
これにニンニク醤油だれを豪快にかけるらしい、サクサクにとてもこだわっていたのに・・
バイト一同から"そういう事では無いでしょ"・・という空気が流れますが上層部のこの
シフトチェンジで売り上げアップ!と言う気迫は凄まじいです。

ここからのお店の変わり方は物凄い物がありました!会議があるたびに次の日にはどんどん変わっていきます!

「えー昨日会議で決まりました。今日から掛け声や返事を"あいよ!!!"と大きい声で言うよう統一してください!出来るだけ大きい声でお願いします。」・・・
掛け声が変わり。

「えー昨日の会議で決まりました。ユニフォームをこれにします。」・・・
ユニフォームが清潔感のある白いやつから黒Tシャツ、頭には黒バンダナになり。

「うわ、店長何ですかこの壁は!?」
「うん、この方がインパクトあるだろう!会議で決まったんだ!」・・・
肉の質、サクサクへのこだわり、安さへのこだわりなどの書いてあった壁は"漢"という大きな一文字が書いてあるのに張り替えられ。

会議があるたびに何故かお店はゴリゴリの体育会系ラーメン屋の様になっていきました・・こんなはりぼての体育会系を突然やらされバイトは恥ずかしくてたまりません。
お客も、いきなりどうしたんだこいつら?と気持ちニヤニヤしています。

一体どんな会議をしているのだろう・・漢について語るような会議なのか・・
こんな疑問が生じてきたころ一番の衝撃的な変更がされました!

「えー昨日の会議で決まりました。お店のBGMを『長渕剛』と『北斗の拳』で統一します!!!」
いやっどんな会議してるだ!!!心の底から思った瞬間でした。
♪セイ!♪セイ!!♪セイヤ!!!♪
気持ちと形態の比例のしていないその店内は異様な雰囲気になったのは言うまでもございません。
皆様良い会議を!!

==著者プロフィール==
マッハスピード豪速球・ガン太
1984年生まれ。人間の本質をとらえたコントを得意とす るお笑いコンビのネタ作り担当。オフィス北野・フライデーナイトライブで才能を見出され、2012年1月オフィス北野所属となる。テレビ東京「ゴッドタ ン」の若手芸人対象アンケート『華は無いけど実力はある芸人』で3位と周りの若手芸人からも一目おかれる存在。日本喜劇人協会主催『第一回コント新人大 賞』準優勝。また、水道橋博士の運転手だったことでも有名。
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