名演出家・久世光彦が石川次郎に提案した、幻のテレビ版『BRUTUS』構想!


石川次郎といえば、『トゥナイト2』の司会者というイメージです。ですが、元々は雑誌編集者。あの『BRUTUS』を創刊した名物編集長でした。



『BRUTUS』は、マガジンハウスの看板雑誌『平凡パンチ』から派生した雑誌。『平凡パンチ』は一時期、どんな特集をしても雑誌自体のブランド力で100万部以上を売り上げるドル箱雑誌でした。しかし、時代とともにその力が弱まっていきました。決定的だったのはテレビで『11PM』が始まったことでした。『11PM』はそれまで雑誌の独壇場だったカルチャーやレジャーの情報を生放送で放送し始めたのです。

「これは雑誌のライバルになる」、当時いち編集者だった石川次郎はそう直感したと『お色気番組グラフィティ』のインタビューで語っています。

マス狙いの雑誌づくりでは、テレビには勝てない。そう考え、マスメディアから、ターゲットメディア、即ち、「読者を絞り、その中で内容も絞って価値を出す」という方向にシフトして創刊されたのが『POPEYE』であり『BRUTUS』だったのです。その予見はあたり、『平凡パンチ』に変わるマガジンハウスの看板雑誌になったのです。

そんな対テレビで構想された『BRUTUS』をテレビ化しようという話があったという驚きの事実を石川は前述のインタビューで明かしています。

なんとその話は名演出家・久世光彦からもたらされました。

突然、電話がかかってきて、『BRUTUS』テレビ化の話をされたのです。石川は久世の才能をよく知っていたので、承諾しようとしましたが、やはりまだその頃はテレビは敵という考えがあったのです。
「久世さんが声をかけてくれたのは嬉しいけど、久世さんが所属しているテレビの世界の掟である、ワンクールという考え方があると、僕はつらいんです。最初の成績が悪くても、ずっと雑誌の『BRUTUS』と運命を共にしてくれますか?」

その問いかけに久世は「僕の立場だと『うん』と言いたいけど、今はそこまで言えない」と答え、この話はなくなったのです。

もし、このテレビ版『BRUTUS』の話が実現していたら、どんな番組になっていたのか、そしてそれによりテレビがどう変わったのか、想像は尽きません。

文/てれびのスキマ



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