『真田丸』片岡愛之助演じる大谷吉継、親友・三成との友情に捧げた生き様とは


【「漢」の戦国武将列伝~日本一の侍~】 三成との友情に生きた信繁の義父・大谷吉継

堺雅人主演のNHK大河ドラマ『真田丸』において、業界屈指の"モテ男"として注目を集める俳優・片岡愛之助が演じている豊臣家恩顧の武将・大谷吉継。同ドラマの中では、なにかにつけて角が立つ物言いを憚らない秀吉の近習・石田三成(山本耕史)と周囲との軋轢を埋めるかのように、時に厳しく、時に柔らかな物腰で接し、人の心の機微を見るに優りたる部分を感じさせる彼だが、そんな大谷吉継と言えば、やはり親友・三成との友情が、多くの戦国ファンにとって印象深いものであろう。


諸説はあるものの、三成と同じ近江ないし、豊後の生まれだという吉継は、天正期の初頭、当時はまだ信長の家来だった秀吉の小姓となる。すると、文武ともに秀でた吉継は、羽柴家および後の豊臣家において、秀吉から百万の大軍を任せてみたいと言わしめるほどに、才能を遺憾なく発揮。急速に重鎮格へと出世していくこととなる。そうした中で、しばしば、「バディ」として重要な役割を任されることになった三成とは、公私共に仲がよく、それは「刎頚の友」(※ふんけいのとも:お互いに首をはねられても悔いはないほどの友人という意)と呼ばれるほどの蜜月ぶりだったという。

順風満帆に見えた吉継であったが、その後、不運にも若くしてハンセン病(※諸説あり)を患い、それ以降は、病魔と闘いながら執務を行うことに。すると、病気に対する理解がない当時、不治の病に冒された吉継を、家中の者の多くが徐々に避け始め、忌み嫌うようになっていく。

天正15(1587)年に大阪城で行われた茶会においては、吉継が口をつけた茶碗で茶を飲むことを誰もが避け、茶碗に口をつける素振りで誤魔化すほどであったが、そうした中、三成だけは、平然と茶を啜ったばかりか、それを一気に飲み干し、あえて"おかわり"を申し出るという、驚くべき行動に出たという。この時、茶碗に吉継の顔からこぼれ落ちた膿がついていたために、皆が避けたとも言われているが、いずれにしても、吉継は、三成のそうした心遣いと友情、そして、極めて紳士的な振る舞いにいたく感動し、それを機に、彼とその生死を共にすることを、心に誓ったという。

秀吉亡き後の慶長5(1600)年に起きた関が原の合戦の際においては、多くの諸大名が徳川家康率いる東軍に与する中、三成との友情ゆえに、あえて西軍に属した吉継。このとき、既に吉継の体は病魔によって蝕まれており、余命いくばくもない状況であったとされるが、そうした中でも、吉継は、巧みな戦上手ぶりで善戦。東軍への内応者が続出する中、最期まで最前線に留まりつづけた末の討死となった。なお、そんな彼の愛娘である竹林院は、真田幸村(信繁)の正室。その壮絶な最期と、友情に捧げた生き様は、この後、大阪の陣において楽勝ムードでたかをくくっていた家康を徹底的に追い詰め、壮絶な最期を遂げることとなった義理の息子・幸村に、大きな影響を与えたと言えるかもしれない。

文・興津荘三

https://youtu.be/gMgjccMys1E


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