安全な水とトイレ―望みすぎでしょうか?...25億人の人たちのために(マット・デイモン)

 このパラグラフをあなたが読み終える頃には、この一世紀以上に渡り回避可能なはずの何らかの原因によって、また一人の子供が死んでいることでしょう。未だに世界の人口の40%近くの人たちがコップ一杯の安全な飲み水、あるいは最低限のトイレを確保することができずにいます。
 あらゆる人間に安全な水と公衆衛生を確保するという目標のために私たちは続けて結集していますが、その一方で、私たちが自分たちに問いかけている本当の疑問があります。それは、私たちが生きている間にこの目標を実現するという結果を出すためには、本当のところこの問題にどのように直面したらよいのか、ということです。

 解決策が分かっていて実現可能である今日でさえ、安全な水と公衆安全を使うことができないために病気が原因で失われている命が失われています。その数は、銃が使われているどの戦争で失われる命の数よりも多いのです。
 この心が痛くなる現実のために、人々の苦しみを止める手助けをしようという博愛的な努力が行われています。会議や基本計画、体制、法律、そして公共団体やさらなる決議が存在しています。募金は集められ、井戸が掘られ、開会のテープカットが行われています。しかしチャリティ活動や助成金、多国間援助、そして政府の一部からや非政府組織 (NGO) の外側から投資などが何十年もの間に渡りなされてはいるものの、このシステムは依然として効果が低く、発展途上国の低所得階層 (BOP、base of the economic pyramid) にいる人たちが毎日必要としている安全な水を確保し救済するという目標にはほど遠く至っていません。その意図は素晴らしいものなのですが、しかし救済は届いていないのです。

 スラム街に住んでいる人たちは、一リットル当たりの水に対し、近所の五つ星ホテルのオーナーが支払っている金額の平均で7~15倍の金額を支払っています。それは、補助金のほとんどが、非現実的に低い水道の料金請求方式によって人々に届けようとされているためです。つまり、もしあなたが水道を持つことができないほど貧しい場合は、その補助金を獲得することができません。
 それとよく似た例で、もしあなたがポルトー・フランス (ハイチの首都) に住んでいる貧しい日雇い労働者で、のどの渇きをいやすために安全な水を飲もうとした場合、その水の料金はニューヨーク市の水道水の250倍もの金額を支払うことになります。水に支払う現金を持っていない人たちは、頻繁に水が止まる公共の水道、河川、または排水溝からでさえ水をあさろうと毎日何時間もかけています。この水不足の罠にはまっている人たちは10億人近く、そして清潔なトイレを使うことができない人たちは約25億人います。これを、チャリティ主導の問題解決を手を差しのばして待っている人々の群れとして考える代わりに、彼らの多く、あるいはほとんどを潜在的顧客として考えてみてはどうでしょうか。
 ここ数十年の間、途上国の低所得階層を理解する際のパラダイムに変化が見られます。この水と衛生の危機的状況の対処に対し、もっと期待が持てるような変化です。マイクロファイナンス (貧困層向け金融サービス) は資金へのアクセスを民主化するので、このシフトのきっかけとなっています。私たちWater.orgは、このマイクロファイナンスの効果をうまく活用し、その原理を用いて貧困層の水と衛生の必要に答えることができることを実証しています。

 私たちはWaterCreditを通じて、水と衛生の需要に対してマイクロファイナンスを活用しようと調査を行っています。私たちはペプシコ財団 (Pepsico Foundation) の援助を受けて、25万人以上の人たちに対し家庭用水道の設置費用やトイレの建設の支払いのためのローンという救いの手を差しのばすことができました。このローンは一人当たり平均24ドルという慈善事業的なコストでなされ、その後は、各家庭向けの融資パッケージを完了させるための商業資本としてその金額の3倍以上を借入金で投機させています。現在、私たちがペプシコ財団からの助成金を800万ドルという規模に引き上げようとしていることは先週木曜の発表の通りですが、さらにマスターカード財団 (MasterCard Foundation) からの助成金は380万ドルになろうとしています。そしてこの慈善事業資金をさらに3,600万ドルの商業資本として借入金として投機させ、100万人の人たちに手を差し伸べることを計画しています。インドの場合は、助成金交付の終わりまでには、この慈善事業費を一人あたりの10ドルにまで引き下げようとしています。

 誰にでも利用できる水と衛生を実現するためには、慈善事業的、社会的、あるいは商業的な資本へのアクセスが一番の難所であることは確かです。しかし、政府と水道事業者ら側からの貧困層の人たちに対する責任説明の欠如が、それと同じくらいの難所となっています。
 残念ながら、政治的腐敗、能力の欠如、不十分なメンテナンス、そしてサービスに対する支払能力のある者たちへ助成金が流れていることなどが原因で、水道や衛生の社会的基盤までなんとかたどり着いた投資金の約半分が、必要な人たちへ届いていません。

 マイクロファイナンスが秘める資金へのアクセスの民主化という潜在力は、情報へのアクセスを民主化するテクノロジーとソーシャルメディアの潜在力と並行しています。アラブの春では、ソーシャルメディアやモバイル機器が、国の指導者に民主主義の原則に対する責任があるという国民の意見をまとめる手助けをしたのと同じ方法で、貧しい人たち、つまり自らの権利を持った市民が、指導者に対して、水や衛生などの基本的なサービスに対する投資を行う責任を持つように要求する際にもそれらを使うことができるものと、私たちは信じています。最近ではトイレを使うことができる人よりも、携帯電話を使える人たちの方が多いくらいです。もし、携帯電話が、貧しい人たちにとって、公衆衛生を提供するという選ばれた公務員が自らの義務を果たさせるためのツールとなったら?

 この危機的局面に、持続的かつ拡張可能な解決法で取り組むためには、直覚的な力を活用する必要があります。その力とはつまり、最初は貧困層の水と衛生に取り組むビジネスとは全く関係がなさそうに思われた、私たちの周りを渦巻くトレンドのことなのです。私たち水道事業に携わる者は、もっと井戸を掘るなど反対方向を向いていることが多いのですが、私たちのツールボックスの中に新しいツールが置かれていました。マイクロファイナンスとソーシャルメディアは、これらのツールのうちの二つの例に過ぎません。

 水不足を取り巻く問題が複雑である一方、基本的なレベルとしては、根本的なところから取り組んでいく必要があります。慈善事業として与えられた資金は、正しいツールさえ与えられさえすれば自分たちの必要なものに支払いができるはずの何千万人もの人たちのマーケットを活性化させるための触媒としてつかわれるべきです。既にこの問題を対象としている公的資金周辺の透明性や説明責任を促進させるためにつかわれるべきなのです。これらの貧しいものも裕福なものも公平な条件にするための力やツールを、私たちアメリカ合衆国に住んでいるものは当たり前のように思っていますが、このような力やツールを持続的に民主化することのできる、上記のような戦略を支援しようとするべきなのです。

 私たちは、自らの団体Water.orgや他のNGO、政府や公共事業者、慈善団体や影響力の強い人たちに対し、この問題には貧しい人たちの観点から取り組むよう、あらためて全力を注ぐように呼び求めています。この要求の中には、実験や発見に対してもっとリソースを向けることや、貧困層が本来持っている顧客や市民としての力を活用し、水路を開くことができるような方法で行うことも含まれています。また、世界的な水と衛生の危機的状況に本当にふさわしい方法で認知度を高め、重要な問題であることをさらに知らしめることも含まれています。HIV (エイズ) に対する取り組みに対して警鐘を鳴らす必要があったのと同様に、この問題は世界的ムーブメントにふさわしい挑戦なのです。

 これは次のムーブメントであり、アリアナ・ハフィントンさんと彼女のスタッフがハフィントン・ポスト (Huffington Post) の中に新しいセクションを開始することを固く誓ってくれました。おかげでこの運動に信じられないくらい素晴らしい弾みをつけることができ、彼女と一緒に働ける機会を持ったことを光栄に思います。これは、この運動の目的、活動家、解決法に関する報道、そして世界を変えるために必要な論文のためのセクションになります。最後に、私たちはこの危機から抜け出る方法として募金を集めることは有効でないことを認識しています。私たちが生きている間に誰もが水と衛生を手にすることができるようにするためには、究極的には独創的で革新的、そして共同的な行動となるでしょう。

 マット・デイモンとゲイリー・ホワイトはWater.orgの共同創設者です。

(原文:Safe Water and a Toilet -- Is That Too Much to Ask... for 2.5 Billion People?)
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マット・デイモン
俳優、脚本家

ゲイリー・ホワイト
Water.org 共同設立者

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